念仏宗と国際化について

Posted on 金曜日, 2月 10th, 2017 at 4:54 PM

念仏宗と国際化について

おそらく多くの人が国際化の流れを感じている今日この頃ではないでしょうか。
国際化という言葉が多く使われるようにもなっているのも影響しているのだとは、念仏宗のような仏教の世界においても、その流れを感じることができるのだと思うのです。
まあ、そもそも、宗教の多くが海外から伝わってきているわけですから、国際化という言葉は使っていなかったにせよ、大昔から海外との交流がある分野の一つのように思えます。
おそらく日本というのは、海外から入ってきた物を日本風にアレンジするのが上手な国のような印象を受けます。
なので、念仏宗にはじまる仏教というのも、かなり日本風になっているように思えるのです。
もともと、日本の宗教として根付いている点もあれば、海外からの考え方のようなものをミックスしているイメージとでも言うのでしょうか。
仏教は、日本人の生活において、とても自然に存在しているので、そのように感じるのですが、いかがなものでしょうか。

参拝料から考える念仏宗

多くの人が仏教について考える時、参拝料というのも頭に浮かべる事柄の一つのように感じます。
ただ、仏教だからということだけでは言い切れないこともあるようで、念仏宗では参拝料は存在しないようなのです。
参拝料の考え方というのも色々で、ポジティブにとらえる人もいれば、ネガティブにとらえる人もいるのではないでしょうか。
いわゆるお気持ち的な考え方が、そこにはあるのだと思うのですが、そのお気持ちを金銭で示す必要もないとも考えられるのかなと感じますね。
念仏宗が参拝料という形を取らないのには、何かしらの理由があるとは思うのですが、このようなことも含めて、自分がどの宗教について、興味を持てるだとか、信仰できるだとかを、決めていっても良いのかもしれないなと感じます。
宗教というのは、どれが正解で、どれが不正解というのは、ないのだと思うのです。
自分にとっての宗教というのを自由に選べる環境というのが日本にはあるな、とも感じますね。

言葉と念仏宗は切り離せない

たとえば、人との関わりもそうなのですが、言葉というのはとても大切だなと感じます。
念仏宗のホームページを見てみると、言葉における仏教精神のようなことも書かれているので、興味を持ちました。
おおげさではなく、人の言葉によって、救われることもあれば、傷つくこともありますよね。
しかも、同じ言葉を投げかけたり、投げかけられたりしても、人によって受け止め方が違ったりもします。
もうすぐ念仏宗のお寺に遊びに行きます
また、受け止める人が同じ人であっても、時期だとかタイミングだとかで、また違ってきたりもするものです。
言葉というのは面白いものだと思うのです。
それは、生の人間が発するだけでなく、読み物の上での言葉もたくさん世の中には存在します。
われわれは言葉なしでは生きていけないわけなのだと感じるのです。
その言葉というのは、宗教においては大きな意味を成すのだと思うのですが、念仏宗においてもとても大切に扱われている印象を、ホームページ上で感じたので、興味深いなと思いました。

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